今日は
大槻能楽堂自主公演。
上田拓司サンの
「俊寛」で、
ボクは
康頼のお役をさせて頂きました。
言わずと知れた
名曲で、
このツレは、何回かさせて頂いております。
やはり父がシテの時が一番多いのですが、
おシテによって、
いろんな俊寛が出来上がります。
哀れな俊寛、激情的な俊寛、芯の強い俊寛…
いずれも、
正しく
「俊寛」なのでしょう。
もちろんボクも、挑戦したい曲の一つです。
今日も、
先輩のおシテ、師匠のお地謡、
クオリティーの高い舞台に、一緒に立たせて頂き乍ら、
シッカリ
勉強させて頂きました!
余韻に浸りつつ京阪電車に揺られ帰宅すると、
今年も
24時間テレビが放送されていました。
念願の
月見バーガーを頬張りながら、
テレビ鑑賞。
ちょうど映し出されていたのは、
障害を持った方々の、
ある目標へ向け、ひたすら
頑張る姿。
もう感動感動で、
ボクの
まぶたは、瞬く間に
赤~く腫れ上がりました。
今日のお舞台に、テレビの中で頑張られた方々に、
心より、
素晴しい感動を
「ありがとう」
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今日は、
大阪城薪能へ行って参りました!
今回は、30回記念公演という事で、
御宗家の
「翁」と梅若玄祥先生の
「安宅」、
大曲揃いの番組です。
ボクは、「安宅」の
同山をさせて頂きました!

午前中に、京都で申合せを済ませ、
渋滞に巻き込まれつつ、夕方に現地入り。
まだ、暑さ厳しい
炎天下の中でしたが、
まずは、舞台で
打ち合わせ。
いつもとは違う箇所が数カ所あり、
途中からおシテもご参加頂き、いろいろご指示頂きました。
本番は、
風もあり比較的涼しくなっていたのですが、
その風のせいで、薪の
火の粉や
煙が舞台の中へ。
息を吸うと咳が出そうになるし、目には涙が溜まるし…
そんな状況の中でも、玄祥先生の
弁慶は、
素晴しい
お声と、
包容力抜群の芸とで、
場内を、
スッポリ包み込んで居られました。
昨日も、
徳島でご一緒でして、
「山姥」をお舞いになったのですが、
キリの謡の中で
幕入りされた際、
客席より
拍手喝采!!場内を一つにしてしまうこの
芸の力、
いやはや
スゴイです!!こういう先生方と、舞台をともに出来る
幸せを感じつつ、
車を走らせ帰宅致しました!
あぁ、
爪の垢を
貰ってくるのを、忘れてしまった~~
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本日
「玉井」なんとか謡って参りました~
やはり、声が出難く、
謡ったというか、
唸ったというか…
前半は、まだマシだったんですが、次第に枯れていき、
キリの場面は、もう声の
在庫切れ、
カスカスの声しか残っていませんでした。。。
おシテをはじめ、
皆さんに
ご迷惑かけてしまい、
申し訳ございませんでした。特に、
一緒に地謡を謡って頂いた方々には、
変な声の地頭を見事に
サポートして頂き、ホント助かりました。
声だけではなく、
詞章も危なかったもんで…
出番前、この
3点セットを、
お腹いっぱいになるほど
服用したんですがね。。。
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昨日、
片山慶次郎師が亡くなられました。
片山家とは、父方の親戚にあたり、
子供の頃より、「慶オジさん」と呼ばせて頂いていました。
厳しい中にも、どこか暖かみがあり、
普段も、父とは違いとてもダンディーな叔父さんでした。
数年前、京都薪能で「浮舟」を舞わせて頂いた時、
申合せの折に、いろいろご注意頂き、
その最後に、ひとこと、
「まぁ、もうちょっとシャンと舞え!!」
京都能楽会の理事に就任した時、
当時の理事長だった叔父さんに、
「何も出来ませんが、よろしくお願いします」
と挨拶したところ、
「何にもせんでええ。一生懸命働いてくれたら、それでええ!!」
いつも、べらんめえ口調で仰るひと言が、
見事に的をえていて、なんとも心に残るひと言でした。
慶オジさん、
長い間能楽会へたくさんのご尽力をなさり、お疲れさまでした。
どうぞ、ごゆっくりおやすみ下さい。
でも、
これからも、先にそちらへ行っております父と共に、
我々の事を、見守っていて下さい。
そして、時折、
「もっと、しっかりせえ!!!」
と、ひと言お願いしますね。
いろいろ有り難うございました。
合掌
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